前回の記事では、自社の従業員に副業を解禁する場合や、本業がある者を(副業として)雇い入れる場合に、労働時間や割増賃金をどのように考えるのかについて説明しました。
前回に引き続き、本業先または副業先として、社会保険や労働保険、また、安全配慮義務について理解しておくべきことについてまとめています。
もくじ
社会保険(健康保険・厚生年金保険)
社会保険といわれる健康保険・厚生年金保険については、本業先では特に対応すべき手続きはありません。ですが副業先で、該当の従業員が加入要件を満たした場合には、加入手続きが必要になります。
※厳密に言えば、社会保険には介護保険も含まれますが、健康保険の被保険者であれば、40歳から(64歳まで)自動的に被保険者になりますのでここでは説明を省略しています。
加入させなければならない従業員
健康保険・厚生年金保険に加入させなければならない従業員は、原則として、正社員などフルタイムで働く者、または、1週間の所定労働時間および1か月の所定労働日数が正社員などフルタイムで働く者の4分の3以上である者です。
ただし、2016年10月および2017年4月の適用拡大によって、パートタイムやアルバイトなど短時間労働者で上記の要件を満たさない場合であっても、次の要件をすべて満たす場合には加入させなければなりません。つまり、副業先でも加入対象になる可能性があるということです。
- 週の所定労働時間が20時間以上あること
- 雇用期間が1年以上見込まれること
- 賃金の月額が8.8万円以上であること
- 学生でないこと
- 副業先が特定適用事業所または任意特定適用事業所であること※
※特定適用事業所とは、厚生年金保険の被保険者数が常時500人を超える企業に属する事業所(企業そのものではなく本社や支店、工場などの単位)のことで、任意特定適用事業所とは、厚生年金保険の被保険者数が500人以下の企業に属する事業所で、パートタイムやアルバイトなどの短時間労働者が社会保険に加入することについての労使合意を行った事業所のことを言います。
※参考:日本年金機構「短時間労働者に対する厚生年金保険等の適用が拡大されています」
副業先でも加入要件と満たすとどうなる?
該当従業員が本業の会社のほか、副業先でも上記の加入要件を満たした場合には、副業先で「健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届」を年金事務所または事務センター、健康保険組合(健康保険がその会社の健康保険組合のものである場合)に提出しなければなりません。
さらに、上記とは別に、該当従業員自身が「健康保険・厚生年金保険/被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を提出しなければなりません。
この書類は、複数の事業所で被保険者となる者に、主たる事業所がどちらであるのか、また、それぞれの事業所での報酬月額などを報告させるものです。これにより、主たる事業所の保険証が有効なものとなり、それぞれの事業所での健康保険・厚生年金保険の保険料が決定することになります。
副業先は、該当従業員が加入要件を満たす場合には、この手続きが必要であることを該当の従業員に説明しておく必要があります。
※参考:日本年金機構「複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き」
労働保険(労災保険・雇用保険)
労働保険(労災保険と雇用保険)は健康保険と厚生年金保険のようにセットにしては考えられませんので、別々に説明します。
労災事故があれば、本業先・副業先とも対応が必要
労災保険については、従業員に加入要件などはなく、本業先であるか副業先であるかを問わず、雇用される従業員である限り、すべての者がその保護の対象になります。
該当の従業員が本業先で業務上の災害や通勤途中に災害に遭った場合には、本業先が労災保険の手続きを行うことになりますし、副業先で同様のことがあった場合には、副業先が労災保険の手続きを行うことになります。
※本業先から副業先へ直接通勤する者が、その通勤途中に事故にあった場合には、副業先が労災保険の手続きを行うことになります。
なお、これまでは、労災保険給付のうち、休業や障害、遺族に関する給付などについては、労働災害が発生した会社での賃金額を基礎として計算される給付基礎日額をもとにその給付額が決定されていました。
しかし2020年9月1日からは、複数の会社で働いている労働者に労働災害が発生した場合には、複数の会社での賃金額を合算した額を基礎として給付基礎日額が計算されることになっています。
このため、本業先または副業先で該当従業員に労働災害が起こった場合には、労働災害を起こした側でない方の会社にも申請書類に平均賃金などを記入してもらうように依頼がくる場合があります。
※参考:厚生労働省「労働者災害補償保険法が改正され、2020年9月1日から施行されます。」
雇用保険は副業先での加入手続きは不要
雇用保険に加入させなければならない従業員は、31日以上引き続き雇用されることが見込まれ、かつ、1週間の所定労働時間が 20 時間以上である従業員です。
雇用保険は、生計を維持するために必要な主たる賃金を受ける会社の方でのみ加入させることになっています。そのため副業先としては、本業先で加入していることを確認すれば、原則として加入手続きを行う必要はありません。
安全配慮義務
労働契約法第5条では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をするものとする。」という、会社の従業員に対する安全配慮義務が定められています。
この安全配慮義務は、本業先、副業先の両方にあり、ともに、従業員が安全に働けるような措置を講じなければなりません。
従業員が業務中にけがなどをした場合には、まずは、上記で説明した労災保険によってその補償を行うことになりますが、労災保険は被災者の損害のすべてを補填するものではありません。
会社側が十分な配慮(けがや病気を回避するための対策を講じるなど)をしていなかったことによって労働災害が発生した場合には、損害賠償を求められることがありますので注意が必要です。
まとめ
自社の従業員に副業を解禁する場合や、本業がある者を受け入れる副業として受け入れる場合に、社会保険や労働保険、また、安全配慮義務をどのように考えるのかについては、基本的には副業先が注意しなければならないことが多いと言えます。
副業先は、社会保険や労働保険の加入要件や必要となる手続きなどを十分に理解し、該当従業員には正社員と同様の安全配慮義務があることを認識しておかなければなりません。
人事・労務系ライター 本田 勝志(ほんだ かつし)
中央省庁や企業(労務担当)、社会保険労務士事務所での勤務を経て、現在は人事・労務系ライターとして各種HR系サイトの記事執筆に携わる。 社会保険労務士有資格者、2級ファイナンシャル・プランニング技能士